japanese guitarist

 今日の音楽産業に於けるレコーディング技術の進化により録音現場は以前と違い様変わりしている。1960年代辺りまではミュージシャンを一堂に集めて演奏する一発録音である。しかしながらこの時代に多重録音技術が出来る樣になり1970年代には一発録音の必要性は無くなっている。この1970年代後半にギタリスト リー・リトナーはダイレクトカッテングにより完全な形で一発録音をしている。現在のレコーディングスタジオではデジタル技術により自由に音声音質処理している事により、録音エンジニア、ミュージシャン等は皆が集まる必要性がなくなってしまったのである。このBeFreeと言うアルバムは今日では珍しくミュージシャン全員が集まり一発録音である。

 タイトルナンバーのBeFreeではギタリストの菅原潤子が今では余り使用しなくなった過去のエフェクター、1950年代に当時、RCAの重役でありギターメーカーのグレッチのアンバサダー顧問であったカントリーギタリストであるチェット・アトキンスが開発研究し発明したトーキングモジュレーターをここで復活させている。因みにチェット・アトキンスが発明したエフェクターはワウペダル、ファズボックス等である。この演奏ではフェンダーストラトキャスター及びギブソンを使用しているが、この曲に於けるトーキングモジュレーターのこの様な使用例は私は聴いた事は無い。部分的にはボンジョビのリッチ―・サンボラの使い方と同様であるが、ここではコペルニクス的発想で曲のバッキングに使用しているが、従来はジェフ・ベック、ピーター・フラプトン、ジョー・ウォルシュ等ギターソロ、リードギターに使用する物であるが、この曲ではギターバッキングに使用され、まるでボコーダーの様であり先祖返りしているかの様である。

 

 

 

 



日本に於ける西洋音楽の礎


 現代に於いては検証する事が困難であるが、この当時1582年(天正10年)に天正遣欧少年使節がヨーロッパに渡っている。

これが徹底的な証拠ではないが恐らくはこの様な状況の中に於いてはいずれ其の内日本に、日本人に西洋音楽が移入されるのは時間の問題であったに違いないと思えるのである。


左記の記事は毎日新聞の2018年1月12日のチンドン繁盛記である。

これに由ると明治維新後、新政府は1887(明治20)年ごろまで、陸軍にフランス式軍制を導入した。軍楽隊もフランス人の指導を受け、大太鼓は「ゴロス」と言うようになった。この後軍楽隊は鹿鳴館の舞踊会、園遊会、運動会などの出張演奏に引っ張りだこだった。と記述されている。江戸時代の幕府が武士に於いての西洋化、即ち近代軍隊を組織化したのでありこの時に西洋音楽が正式に日本に移入されたのであろう。

この時に移入された音楽はマーチングであるが、ケイジャンでもある。

では日本に於けるギターの移入時期はと言うと、1901年に遡る事になる。比留間甚八が1901年にギターを日本に持って帰ったのである。恐らくはこれが一番最初に日本にギターが入って来たと思われるのである。

 その後比留間賢八1887年チェロ奏者としてアメリカに留学する。1889年にはヨーロッパに渡り1891年に帰国するがこの時にハーモニカとツイターを日本に持ち帰り紹介している。そして1889年に再びヨーロッパに渡りイタリア、ドイツにてマンドリン、ギターに出会い1901年にマンドリンとギターを持ち帰る。

 そしてこの比留間賢八はマンドリン及びギターの普及に努めこれらの教室を作っている。これが日本国に於いてのマンドリン、ギター音楽の源流ルーツに成っているのは言うまでも無いであろう。時代は移り1957年、来日していたアンドレス・セゴビアが一人の天才を見出した!それが松田晃演である。松田晃演はアンドレス・セゴビアの弟子に成りアリリオ・ディアス、及びフランシスコ・タレガの直弟子のエミリオ・プジョルからも、そしてアンドレス・セゴビアの推薦もありジョン・ウイリアムスの指導をも受けている!

1961年国際ギターコンクールに於いてパパス・プヤナ賞を受賞している。


1961年パパス・プヤナ賞を受賞した後にシカゴのギタリスト、ジム・ノリスの呼びかけにより渡米してアメリカ全土をコンサートリサイタルへと同行している。演奏会、テレビ、ラジオ等出演している。この時デトロイトではジャズギタリストのウェス・モンゴメリーに合いウェス・モンゴメリーのリクエストによりバッハを演奏している。その後の1969年にはカーネギーホールに於いてのリサイタルによりニューヨークデビューを果たしている。この時日本人が初めて欧米人と対等に音楽的に平等に成ったといえるであろう。尚、松田晃演の愛器は私の大好きなアントニオ・デ・トーレスである。


この写真は、1958年製クラシックギター、製作者は黒澤常三郎氏である。

この個体はアントニオ・デ・トーレスモデルである。その特徴は力木の構造にある。

力木の構造が八の字状に(団扇)なっている。

このギターをクラッシックギタリスト川井善晴先生が演奏していたが、そのピッキング

タッチの素晴らしさもあり、思わず欲しく成ってしまった。

この後に、オリジナルのアントニオ・デ・トーレスを聞く事となる。

 このアントニオ・デ・トーレスこそ今日に於けるギターの原型、礎と成ったのである。



日本に於ける日本人のクラシック音楽からポピュラーミュージックまでのギタリスト

 新宿区四谷荒木町にてが流しをしていらしゃったのであるが、去年平成29年にお亡くなりになってしまった。シンさんこと平塚新太郎である。14歳から60年間流しをしていて、私が拝見したのは晩年の数年前からで四谷荒木町の私の隠れ家という名の喫茶店である。いつも寡黙で、という感じに私は感じていたのだが、威張るとか天狗になる!とかの所謂偉そうな人という感じとは無縁である。亡くなるまで流しをしていて生涯現役であった。流しをする方達が居なくなるなかで最後まで現役で最後の一人に成るまで貫いていた信念の人でもあった。

 私が思うに、この様な方が居たからこそ大衆音楽の底辺を支え今日の日本の音楽産業が存在し得たのであろう。これぞ日本のブルースマンであろう!

 昭和の時代から現代までに於いてその音楽を聴く形態が!アナログレコードからCDに移り今日に於いてはインターネットでの配信と言う形態に移行している!のであるが音楽産業の売上げ高、販売業績は今や頭打ちになっている。CDソフトの売上げ、配信に於いての数字が依然として厳しい状況が続いて、ミュージシャンの間ではライブコンサートをメインに力を入れる様に成ったのである。それでも実績の有る力のあるミュージシャンはメンバーを集める事が出来るが、それでも尚ミュージシャン同志のミュージシャンの奪い合いと成っているのである。実力の有るミュージシャンはその人数絶対数が足りず少子化の影響もあり、人手不足と成っている。そして従来と違いその音楽の多様性化に伴い益々難しい問題となっている。それは音楽を聴くリスナーも同様に多様化によりオーディアンスも分散してしまうからである。そして我が日本に於いてはオーストリア等と違いミュージシャンをその社会的地位を高く見てはいないと云えるだろう。我が日本国は文化的には大変低い国家であると言わざるを得ない。しかしながら各個人のミュージシャンのレベルは高いと云えるであろう。

 我が国は音楽家ミュージシャンの社会的地位をあまりにも低く見ていないのではないだろうか?我々自身がその様に見てしまって無いであろうか! しかしながら我が国日本に於いては私が思うにギタリストの宝庫である!と言えると思うのである。クラシックギター、ジャズギター、ロックポップスギターとジャンルに拘らず優れたギタリストが出現している。


classical guitarist

日本人クラシックギタリスト

比留間賢八

松田晃演

伊藤翁介

管ノ又信太郎

小原安正

小原聖子

阿部保夫

阿部恭士

中林淳真

アントニオ古賀

川竹道夫

小松素臣

荘村清志

芳志戸幹雄

田部井辰夫

渡辺範彦

永島志基

新堀寛己

西垣正信

福田進一

山下和仁

川井善晴

 

ソンコ・マージュ

沖仁

 

  日本に於けるクラシックギター

 日本に於けるギターの歴史はクラシック音楽から始まっている事は言うまでも無いであろう。前記の記述から数年後には、以下のように成るのであるが即ち、我が日本に於いてはクラシックギターの流れは二つの潮流が存在する!その一つが阿部保夫であり、もう一つの対立軸的存在が小原安正である。

小原安正は日本ギター連盟を創設し最初のギターコンクールを主催している。現在は東京国際ギターコンクールと名称が変わっており、この第一回の優勝者が前途の阿部保夫である。

 現在の日本に於けるクラシックギター界の開祖であると言っても過言では無いであろう。日本のアンドレス・セゴビアと云えば分かり易いのではないであろうか!

フランシスコ・タレガでラグリマ、ラ・パルマ アルベニスの入江のざわめき

フェルナンド・ソルの月光

 阿部保夫のご子息の阿部恭士に於けるフェルナンド・ソルのアルハンブラ宮殿の思い出である。

 小原安正は阿部保夫とはギターに於ける教育方法が全く異なる阿部保夫は今では普通の指導方法であるが、一方の小原安正は今では考えられないが剣道で使用する竹刀を持って今で言う所のスパルタ式教育である。今日に於ける小原安正


jazz guitarist

日本人ジャズギタリスト

角田孝

潮崎郁男

小西徹

沢田駿吾

横内彰次

和田直

木村好夫

高柳昌行

中牟礼貞則

宮の上貴昭

栗澤博幸

杉本喜代志

増尾好秋

川崎燎

秋山一将

横田昭男

天野清継

菊池潤

宮野弘紀

野呂一生

橋本伸二

広木光一

松井洋

松木恒秀

作山功二

鈴木宏幸

寺分和行

高橋信博

加藤崇之

高内春彦

井上智

岡安芳明

布川俊樹

菅野義孝

矢掘孝一

畑ひろし

小沼ようすけ

竹中俊二

増崎孝司

荻原亮

笹島明夫

加藤泉

ヒロ・ヤマナカ

井上銘

田中裕一

大出元信

藤本敦夫

トモ藤田

 

 

2018May5月号

ギターマガジン

ニッポンのジャズ1907~1976

ここに我が国に於けるジャズギター創成期からフュージョン時代までの歴史が記述されている。我が日本に於いてジャズギターの開祖!日本のエディ・ラング及びチャーリー・クリスチャンと呼ばれた言わずと知れた偉大なるレジェンド角田孝の存在を忘れてはならない。

   日本に於けるジャズギター

 日本に於けるジャズギターは角田孝から始まったと言ってもよいであろう!

その後に二つの潮流があり、潮崎郁男、澤田駿吾と二大勢力の基にそのスクール卒業生が活躍している。また、高柳昌行はその後のギタリストの中では、最先端の音楽性を発揮しフリージャズに向かっている。今回のギターマガジン5月号には1926年大正15年の井田一郎&チェリーランド・ダンス・オーケストラから始まった日本ジャズの歴史から記述されているが、ギターはまだ存在しない。

1931年の前途の角田孝の出現を待たなければ成らなかった。その後彼等は東洋のパリこと上海で活躍する。この頃は日本の東京はアジアではまだ田舎でアジアの音楽文化の頂点はこの上海である。

そして時代は移りあのモカンボセッション及び銀巴里セッションにより我が国のジャズ文化が花開き今日のジャズに於ける黄金時代が開かれ、そこには偉大なる先人ジャズギタリスト出現している。

太平洋戦争後のまだ貧しい時代に活躍したギタリストは潮崎郁男である。そしてモカンボセッションでは澤田駿吾が、銀巴里セッションでは高柳昌行、中牟礼貞則等今日の日本ジャズギターの礎を築いた偉大なるギタリストが出現したのである。

 銀座の銀巴里に於けるライブセッションでの高柳昌行のギターによるイングランド民謡のグリーンスリーブスであるが、曲の導入部ではベースノートから始まるがギターソロでは比較的短いフレーズがボソボソと始まりその後長いフレーズに成って行く、この演奏は時代を先取りした感じでその後のゲーリー・バートン時代のラリー・コリエルを彷彿させる様な素晴らしいインプロビゼイションである。この後には、私の知っているCOOL ,JOJOに於けるレニー・トリスターノ派所謂クールジャズに!その次にはフリージャズに前進していく!


 これは木村好夫の「酒か涙か溜息か」であるが、ここで聴かれるリズムはジャズギターのリズムであり、チャーリー・バードも同様のリズムを刻んでいたと記憶している。

 また1929年古賀正夫が「影を慕いて」を作曲しここから演歌が生まれたのである。所謂古賀メロディーであるが古賀メロディーのバッキングギターは木村好夫であるが彼は元々ジャズギタリストであり演歌とは韓国朝鮮のメロディラインにアメリカのジャズギターのバッキングスタイルをクロスオーバーさせた物であり今で言うならばフュージョンである。


 これは私の独断的見解であるが、現在の日本に於けるジャズギタリストのメインストリーム主流派は、潮崎郁夫門下のギタリストではないだろうか!


 誰もが知っている澤田駿吾であるが、日本に来日していた、デンプシー・ライトにギターを教わる経験が有りその後に、ルーツ音楽院を創立している。


 前途に記述した高柳昌行であるが、ハードバップからクールジャズにそしてフリージャズへと常に前進し続け一つの所にとどま無い学究肌研究熱心な側面を持っていたのでは無いであろうか。


 1月21日、ジャズの日の前日でのライブアルトサックスは綾瀬歩美、ギターは管野義孝であり、前途の潮崎郁男の門下のギタリストである。当然であるが潮崎郁男門下のギタリストは安定したテクニックでありアルトサックスとのコンビネーションも抜群である事は言うまでも無いであろう。

 これは私の受けたインプレッションでありあくまでも個人的な見解に過ぎないが、管野義孝、彼のギタースタイルは誰に似ているかと、考えるとギターのトーンは線の太い感じが黒人ギタリストに近い感じであるが、もっとクールでジョー・パスに近い様に思えるがしかしながらそのリズムのりグルーブ感はバニー・ケッセルの様でこれぞジャズギターと言う中道中堅の感じに思う。使用されているギターはギブソンES-175にP-90のピックアップがアッセンブルされているがシングルコイルピックアップでありながら線の太いトーンを出しているこの事からピッキングタッチが優れているのが判ると言う物である。


 これは私の個人的な見解であるが、日本のジョニー・スミスと勝手に思っている、このギタリスト!加藤泉である。使用しているギターはギブソンのジョニー・スミスモデルであろうと思われるがひとつひとつのピッキングを大切に弾いていると感じられる。こんな処がまるでジョニー・スミスの様である。このギターギブソンジョニー・スミスモデルを使用して尚あまりウォ―ムにならず比較的に硬めなカッチとしたピッキングタッチである。


 日本のウェス・モンゴメリーこと宮の上貴昭であるが、リズムノリが良く、ウェス・モンゴメリー同様のオクターブ奏法は良く歌い、ウェス・モンゴメリーがしなかった、ガボール・ザボのテクニックのエレクトリックギターのボリュームを使ったバイオリン奏法やジミー・ウエッブスターのテクニックである右手でのタッピング奏法も行いある意味ではウェス・モンゴメリーを超えている。


 田中祐一このギタリストはかなり学究肌で研究熱心な感じで一頃のアメリカの白人ギタリストに見られた様なタイプの様で有りながらもラップ、ヒップホップ等のリズム等も自身の音楽性に導入して新世代のジャズギターサウンドを構築している。





 岡安芳明!私の知る限り最も美しいギタートーンを持ったギタリストである。

ギブソンスーパー400から醸し出される最高のトーンの一つである。また最もブルージーなジャズギタリストでもあり、私などは日本のケニー・バレルと呼んでいる。


ヒロヤマナカ!

 ギターの名手がジャーナリストをしているのか? はたまたジャーナリストがたまたまギターの名手なのか? ギタースタイルとしてはピックと指弾きの併用タイプである。


 武田謙治!このギタリストを忘れてはいけない!自身のブログでも記述しての通りパット・マルティーノの研究家としても有名である。論より証拠前途の演奏を聴けば誰でもお分かり頂けるであろう。

rock&pops  guitarist

日本人ロック及びポップスギタリスト

古賀政男

田端義夫

長谷川きよし

三原綱木

成毛滋

寺内タケシ

竹田和夫

鈴木茂

石間秀樹

吉田拓郎

泉谷しげる

かまやつひろし

石川鷹彦

中川イサト

なぎら健壱

高石ともや

日高冨明

内田勘太郎

坂崎幸之助

高見沢俊彦

山岸潤史

鮎川誠

山本恭司

大村憲司

加納秀人

春日博文

仲井戸麗市

石田長生

土屋昌巳

土方隆行

松原正樹

今剛

斎藤誠

山下達郎

いまみちともたか

高中正義

CHAR

安藤まさひろ

和田アキラ

大谷令文

北島健二

是方博邦

河内淳

角松敏生

奥田民生

松本孝弘

押尾コータロー

菅原潤子

 

 

 日本のロックギターとポピュラー      

 ミュージックギター

 日本のロック、フォーク、ポップスの起源は、と言うとその定義及び概念は何処からかは非常に分かりずらい物であるが、60年代のロカビリー、フォークブームが挙げられるが、GSブームを得て本格的なロックバンドはハッピーエンドが出自したがこのバンドは日本語で歌う日本国内をマーケットとした音楽的背景を持つバンドである。粗同年代に海外に打って出ようとした戦略的背景を持つバンドが誕生した、それがフラワートラベリングバンドである。ギタリストとしては、ハッピーエンドの鈴木茂、フラワートラベリングバンドの石間秀樹である。このバンドはあの内田裕也がプロデユースしている。

 このナンバー、メイクアップを聴けばフラワートラベリングバンドの音楽性サウンドメイキング等のレベルの高さが判ると云う物である。現時点でも彼等を上回るバンドは日本国内では存在しない。

 もう一つの雄のハッピーエンドはその音楽性をアメリカンロックバンドのバッファロースプリングフィールドに求めておりその歌詞を日本語で歌うとしリスナーを日本人に特化しておりマーケットを国内のみとしている。

 私の個人的見解であるが、日本が生んだロックギタリストのトップエンドが大村憲司である。その後に続くのが、パラシュートの松原正樹、今剛である。


 ここで忘れてはならないギタリストが存在する!そう竹田和夫である。言わずと知れたあのクリエイションのギタリストでありこのバンドのリーダーである。

 この時代のもう一つの代表的なロックバンドであり日本に於けるプログレシブロックのパイオニアである四人囃子!ギタリストは森園勝敏で、この当時は最先端のギタースタイルであると言える。


 高中正義!彼のデビューはあの伝説のロックバンド!フライドエッグから始まるが当時はギタリスト成毛茂がその存在故高中正義はベースを担当していた。

  この時代のもう1人の代表的なギタリストと言えばCHARであろう。彼はジェフ・ベックと違いギターだけで無くヴォーカルも取れる強みがある。


  かまやつひろしのギタースタイルは以前から注目していたが、使用しているコードはジャズギタリストが使用している所謂ジャズコードである。





 日本のアコギ(フォークギター)の3代ギタリストの中川イサト、石川鷹彦、坂崎幸之助である。

 言わずと知れたアルフィーの坂崎幸之助である。この3人の中では最も若いhが実力はトップであろう。

 押尾コータロー!日本のマイケル・ヘッジスである。超絶技巧!





 言わずと知れたパラシュートのギタリスト、今剛と松原正樹である。この2人ともに優れたギタリストである。